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by torakog

心理臨床から悲嘆の作業再考

今回の講師は倉戸ヨシヤ先生 臨床心理士で大学の名誉教授。私が去年から通ってる関西カウンセリングセンターでも講師なさっていて、何回も講義を聴いたなあ。

そういえば、「悲嘆」について学ぶの講座、一年受けてて臨床心理士が講師になったことって初めてのような。
意外。悲嘆や喪の仕事ではカウンセリングはとても重要だし、私自身もカウンセリング講座受講してるのに。



講義のほうはフロイトの業績で対象喪失と喪の作業(mourning work)について。
対象喪失が病気に掛かりやすくなったり、死亡率を高くしたりすること。
アンケート結果で、宗教の有無が影響すること。でも読書や旅、音楽やスポーツも悲嘆の解決に繋がる事。
でも、最も大きな要素は「時間」なんだそうで。でも、時間がたつのを耐えていられない私はそれは嫌だ~

今回の本題「悲嘆の作業再考」
* 悲哀排除症候群について。喪中や四十九日の法要を時間を惜しんで飛ばす事は、喪の仕事にとってよくないということ

* 自然に悲しみ、喜び、笑ったり泣いたりして心のホメオスターシスを回復すればいいんだ、でも現代の社会は悲しむことを良く無い事だとしがち。

* マニュアルどおりにしない。一緒に泣くだけでもいいのではないか?
これって、カウンセリング講座だったら、「受容と共感」ということだよね。

* 自らの専門性からアプローチすること、音楽家だったら音楽で、僧侶だったら仏教で、ということでしょう。
私の場合は何になるんだろう?血縁ドナーであること、かなあ?

* そうする事で、「意味の発見」に繋がる

私もそこまでいけたらなあ、今の私の課題って「気持ちの整理」なんだけど、どうして弟は移植で治らなかったんだろう、私は役に立たないドナーで弟は死んでしまった、どうすればいいんだろう、をぐるぐる廻っているもんね。それとも、私が血縁ドナーでレシピエントにしなれた事にも、なにか意味があるのかしら?

倉戸先生、今月カウンセリングの講座でまたお会いするのよね、縁があるのかどうなのか??
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by torakog | 2009-10-09 23:48 | GriefCare