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by torakog

亡き方との再会の希望はあるか

今期の公開講座も最後です。グリーフケア研究所所長の高木慶子(よしこ)先生が講師。

まずは神戸新聞に今年1月に掲載された、阪神大震災から15年の遺族アンケートの結果について。
15年も経てば、復興が進んだ神戸の町はキレイになったけど、
* 多くの遺族が、家族、親族の死を受け入れられていない
* 震災経験を人に話すことがなく
* 震災の風化を感じている

という結果が明らかになりました。
そして、神戸新聞の社説では特に「回答がなかったほど同数の遺族のことが気になる」との記述が。
思い出すから答えたくないと言う気持ちもあるのです。

悲嘆特に災害によって理不尽に家族を奪われた遺族の悲嘆は簡単なものじゃないということだ。

自分の経験に置き換えて、判るような気がする。
弟を亡くしたことは理不尽だと思っているんだよね、私。
移植しても治癒できなかった、再発したことが未だに理解できないんだ。
だから未だに時々辛くなるし、
特に今は「移植すれば助かる」という思い込み(と決め付けるべきかどうか)の
骨髄バンク運動に違和感を感じて、登録しないでいるんだよね。

もう一つの高木先生のお話、タイトルの話は以下に。すごく面白い話しです。



科学的には説明できないことが生と死をめぐる一連の中にはある。
臨死体験もそうだし、死後の世界もそうだ。

そして、今回は「お迎え」について。
お迎えは既に死生学で研究が始まっていて
「死に瀕した方が、他人には見えない人や風景を見たり感じたりする事(諸岡 2009)」といわれてます。

せん妄の可能性もあるけれど、だからお迎えを幻視だといって否定しない
意識がはっきりしていることから、明らかに認知症とは異なる
それどころか、多くの終末期の人が「お迎え」を見ることによって
自分が死ぬ事を受け入れ、恐れなくなったことは臨床的に大きい。

「お迎え」をめぐる事例の中には、あまりにも非科学的で、一歩間違えたらセンセーショナルにしか
なりえないものが多いけど。

終末期の人の脳の中は、まだまだ医学では判らないようなことが起きてるのかもしれない
奇跡などと言って否定する前に、前向きに受け止めることも必要なのかもしれない。
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by torakog | 2010-02-21 17:51 | GriefCare