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by torakog

悲しみを通して見えること(第8期-8)

2週間ぶりの参加になりました。(休んだ理由については前記事を)

講師は東京にある短大の学長で女性。24年間、子を亡くした親の会の世話人。

24年前というのは「グリーフケア」という言葉がなかった頃で、遺族会が必要とされているのにもかかわらず、その活動にも偏見による制約が多かったそうだ。名前を出せない、出席をとらないなどは、その中でも遺族会を必要とする人のために、ほそぼそと続けてきたパワーの賜物なんだと思う。



そして、最近にかけての遺族会の変化としては
1:男性の参加が増加
2:専門家からの紹介での参加
3:自死の増加

1は男性が感情を表わす事への抵抗や男の不要なプライドが減ってきたからだろう。
男性だけでなく、遺族としての誰にも分かってもらえない感情を遠慮することなく噴出する場の必要性。

そして、講師が「融通無碍」というような、出欠を取らないとか、社会運動にしない、申し込みをしたら必ず行かなくてはいけないことは無い、そして、参加しても特にテーマは無いし、しゃべりたくなければ話さなくていい。そして、他人と自分を比較しない、細かい共通点を探さないという雰囲気が心に負い目や無力感や辛いものを抱える遺族にとって、誰にも語れない気持ちを始めて告白しやすい場になるんだろう。

これが私の求めていた事だ。と講義中に思っていた。

2年ちょっと前に、血縁ドナーの会の立ち上げ参加して、そして辞めたのは、他の参加者がこういう点に無神経だったからだ。とくに某P*Lの代表とそのスタッフの大学院生、私の手記を、勝手に引用した挙句に、勝手な感想を私の目の前で述べた某T海大学病院のコーディネーターの無神経さには、今でも憤慨している。私がこの3人の発言にどれだけ傷ついて、血縁ドナーの会を離れたのか、どうせこの3人は知る余地も無いだろう。もうこの三人とは関らないつもりだ。

私は自分や末梢血を提供して、そして弟の骨髄移植が上手く行ったにもかかわらず再発して、そして他界したことに対して、複雑で耐え難い思いと孤独感を持っている。自分への無力感や弟への申し訳なさ、両親へ顔向けが出来なさ、そして血縁ドナーという立場が骨髄バンクのドナーよりも理解されずらく、一部の人からは恥だと思われていることなどで、すごく引け目を感じている。それは、弟が他界して三年経つ最近になって、少しずつ言語化できるようになってきた思いだ。

そして、血縁ドナーの会の立ち上げに参加した時、そういう血縁ドナーの孤独や複雑な気持ちによりそう場が出来るもんだと思っていた。それが私の勘違いだったんだけど。上に上げた2人はそういうことに興味がなくて、もっと社会活動がしたくて、私の思いや苛立ちを軽んじて、だから溝は深まるばかり。参加している時は、とにかく2人の言葉に傷ついて怒るばかりだった。その頃の気持ちはこちらの記事に書いてます。

それ以来、独りの方がよほどまし、というポリシーの元にblog書いてきました。遺族会にも行ったけど、「兄弟姉妹を亡くした参加者は少ない」という言葉の元に、邪険な扱いされたし。あれ以来芦屋に行きたくないわ。

でも、今回の遺族会の話を聞いて、遺族の気持ちに寄り添った会はどんなに小さくても必要なんだなと思いました。レシピエントを亡くした血縁ドナーのためのHP、作ろうかしら、と再び思っています。
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by torakog | 2011-06-05 13:14 | GriefCare