サポート生活でどたばたな毎日!


by torakog

無常を生きる(暫定) (第9期-10)

新年おめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
このblogも、どうしようかと思いながらボツボツ続けております。
もう少しこの状態を続けて、
そのうち「レシピエントを失った血縁ドナーの分かち合いのサイト」
を立ち上げようかと思案中です。

12月最後のグリーフケア講座の感想を書いてないのですが、
う~ん、なんか書くとまだ頭にきそうな感じで。
講師の方が集中力なかった上に、最後時間過ぎてからとつぜん歌を流しだしたので、
席を立ったんですよね。いったいあれはなんだったんだろう?
この授業に出なかった方、貴方は正しかった!と言いたいです。
この件はまた別記事で。

新年最初の授業は福島から来られた僧侶で小説家の玄侑宗久(げんゆう そうきゅう)さん。
私たちがいるモニタールームにきて、講義タイトルを見て、困った顔をして。
講義始まったら、手話通訳の人に「予習されてたのにごめんなさいね~」と言ったので、
実は、タイトルと講義内容が違うものらしくて。

ただ、私が思うのは、そんなに違わないんじゃないかなということで。
しいて言えば、私が考えるタイトルは「これからのために過去に学び、今の考えをパラダイムシフトする」かしら。




地震と津波と原発事故に襲われた福島は、今も6万人以上の人が避難生活を送っている。
そして、津波が引いた直後のように、決してテレビのニュースでは放送されない現実
私たち関西の人がみることのない現実もたくさんあって。
それは、津波で亡くなった人の遺体や、身元鑑定の困難さについて語られる。
ショッキングな映像だからといって自粛するのは本当の意味でどうなのだろうか。

そして、お盆や葬式の風習について、日本人は古来から中国や韓国から伝わってきた文化を取り入れ、日本独自の神道やしきたりとミックスして、私たちは当たり前だと思っているけど実はとても独自なものを作り出している。

その独自性は、西洋の地震のない国からきたものの考え方によって、津波を防ぐための巨大な堤防や安全な原発と言うものに変わってきたのだが、今回の震災と原発事故によって、パラダイムシフトする必要がでてきたのではないのだろうか。

日本のような災害の多い国では、次の津波に備えてどんどん堤防を高くするよりは、津波による被害を少なくする街づくり、例えば地震がきたら早く避難するとか、そういうことを考えるべきではないのだろうか。大いなる自然は闘って勝てる相手ではないのだから。予測不能なことは必ずおきるのだ。

それは私たちの生活にも言える事。原発が一気になくなって、みんなで困ることでパラダイムシフトが測れるものもあるのでは。ここまで単純に言っても困る人もいるだろうけど。確かなことは、私たちは、今回の震災のたくさんの人の死を忘れないこと、二度と被害を起こさないことで彼らの犠牲が報われるということだ。
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by torakog | 2012-01-16 11:35 | GriefCare