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by torakog

造血幹細胞移植 第四週目(ドナーについて)

今週も病院に面会に行った。
弟は感染症でほとんどダウン状態。話しもできない。
ただ、主治医によると
* 薬が効いてきたら白血球数が増加し、体調がよくなるだろう
* キメリズム検査を行い、90%以上がドナー由来なので、完全キメラ(生着した)といえる。
と落ち着いて話してくれたので、こちらも安心する。





さて、今週はネット上でもテレビ番組でも造血幹細胞移植ドナーについて考える事が多かった。

まったくの他人に「全身麻酔で手術を受けて欲しい」と頼む人がいる。
その一方自分の子供に針を刺されるのが嫌だという母親がいたり。
たとえ兄弟姉妹でも、わずかなリスクを気にして、また造血幹細胞移植しても寛解する可能性が100%でない事としって、ドナーを断る血縁者もいる。
そして、自分の骨髄が見知らぬ人の生きる希望になる、と分かって手術を受ける人もいる。

これらをとおして、私に問いかけてきたもの:
一つは「まったくの他人のために身体を傷つけることができるか」
そして「たとえ血縁でも、自分に子供や家族がいたらドナーをやりたいと思うのか」だ。

私なりに考えてみた。
まったく他人のために・・・かあ、ドナーも献血も経験済者としては、「タイミングが合えば」となる。骨髄や末梢血採取のリスクは、今回のドナーで出会った医者達の真剣さや丁寧さで納得してる。彼らは健康人に針刺したりすることに対して、最新の注意を最大の技量を払ってる。採取には十分な保険もかけられてる。よく「もしも採取時に何かあったら、残された子供の事を考えるとドナーは出来ない」と言う人がいる。気持ちは良く分かる。ただ、採取時に事故が起きる確率は高くない。(全レベルの合計で1%未満) たぶん子育てで怪我したり、交通事故にあう確率の方がよほど高いだろう。事前説明でリスクについて説明される事が、心理的にマイナスになってると思う。 ただ、もし夫のうつが酷かったら、私自身の心理的肉体的健康に問題があったら、ドナーを引き受けられなかっただろう。今回のドナーはタイミングが良かった。とても幸運だったと思う。

そして、自分が誰かの命を救えるかもしれない、という誇らしさは他では得がたいものだ。別に誰かに褒められたくてドナーをするわけではない。でも医療関係者でもなければ、「誰かの役に立った」と言う事をこれほど強く実感できる体験もないだろう。(私のような血縁ドナーにはこれは逆にプレッシャーだ。これで患者が上手く行かなければ親戚中に責められるのが確実だから)
もし子供がいたら「造血幹細胞移植ドナーをして、誰かに生きる希望をあげたんだ。ちょっと大変だったけどね。あなたも大きくなったら、そういうことの出来る人になってね」と言えるかもしれない(と考える私は単なる超ポジティブな奴なのかなあ)

今回ドナーを経験して、他の人にドナーバンク登録をすすめたりは出来ない。
なぜなら あくまでも本人の自由意志と善意でリスクを全て理解した上でドナーを引き受けてほしいから。 本当は弟が苦しんでる姿を見ると、ドナー獲得運動の先頭に立ちたいけど、人にはそれぞれの人生があると思うと、その人が無理だと思う事を強制できないからだ。
あああ、難しいよな。万能細胞研究が進んで、自分の身体から健康な造血幹細胞がバシバシ作れたら、移植やドナーにまつわる気持ちの複雑さがなくなるのになあ。ため息・・・
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by torakog | 2008-03-29 23:28 | bone marrow