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by torakog

覚悟する猶予

前回の投稿後、弟は再入院した。そして、私が会いに行こうとした日、メールが入った
「夜中に心臓に異常があったと連絡あり。主治医の説明聞きに先に病院行きます」
・・・・ついに来たか。



このまま数日実家に居続ける覚悟で、荷物をまとめ、猫たちに大目に置きえさをする。

弟に会う前に、母親と話す。今は心臓の方は落ち着いていることで、一安心だ。
でも、主治医はこう話した。「血液のバランスが悪いので、リンパ腫の治療が進められない。その間にまた心臓が悪くなったりするだろう。リンパ腫の治癒が見込めなくなった時に、心臓だけの治療を進めても、弟の機能は悪くなったままだろうし、今後どうすればいいのか考えて欲しい」

どうするってかあ。弟自身は造血幹細胞移植時に「延命拒否」と意思表示している。それは尊重してあげたい。でも主治医は「弟が意思表示できなくなったときに家族が決めて欲しい」と聞いてるんだ。何を持って彼がこれ以上苦しまないようにして欲しい、楽にしてあげて、と決められるんだろう。でも、弟が発病してからの1年、本当に頑張ってきたのはみんな分かっている。同じ病型(NK鼻型)で同じように進行してきた人の闘病記を見たら、弟より再発後はるかに短い期間で治療不可能になってきてる。弟の進行は奇跡的にゆっくりで、だからわずかでも一人で外出できたり、弟曰く「人間らしい生活」が送れて、それが移植する決断につながったのも分かっている。

でもここ一月で不可逆的な障害を背負いつつある彼に、これ以上「頑張って生きて欲しい」なんて励ます事は家族にも、だれにも出来ないんだ。「頑張らなくていいよ。楽になろうよ。お疲れ様。最後まで一緒だよ」と伝えなくちゃいけない、そういう決断の時がついにきた。母娘で人前にもかかわらず、大泣き。でも今の弟に泣き顔は見せられない。頑張って化粧直す。

弟は心臓モニターと点滴つけられてた。夜に心臓治療で眠れなかったので、結構眠いらしい。
すぐに目が閉じてしまう感じだ。数分しか会話できなかった。比叡山延暦寺から友人が貰ってきてくれた、お守りを渡す。そして、主治医や看護士さんに頼まれて、弟に「痛みがあるかどうか尋ねるための合図」を決める。これが私が彼に会った目的みたいになった。もう母親は彼にそういうことを尋ねる度胸も気力もないので頼まれた。

母はもう覚悟し、あとは苦しまないで欲しいとばかり言う。でも自分が弟に厳しい事を言うのは嫌みたいだ。それは甘やかしてるだけなのでは?と聞いた私に「あなたは子供がいないから私の気持ちは分からない」と返してきた・・・・・・私の中で何かがキレた。母は私のダンナがウツ病で「役目」を果たせないのを知らない。でも今まで一度も、いつまでたっても子供が出来ない理由を聞いてきたこともない。勝手に想像して、一人で結論出して、それで「子供を失う母親の気持ちは分からない」なんて言ってほしくない。 ダンナの調子が良くなって、子供の事が考えられそうになった矢先に弟が発症して、移植ドナー候補に決まって、それで数ヶ月間移植の目安が立たなくて、子供作るところか海外旅行の予定すら立てられず、ドナーやったからといって両親は私にお礼も褒め言葉もなかったのに。それでも今は治療中だからと思って我慢してきたけど、
母親の一言で私の心の限界超えた。 それきり母親とは一言も話してない。顔も見ていない。

翌日一人で病院に行き、弟に会ってきた。やはり数分しか離せない。でも合図は覚えてくれてる。眠った弟のベッドの横に一時間ほど過ごしてきた。苦しそうだよなあ。このままでいるのはつらいよなあ。なにかできたらなあ。
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by torakog | 2008-06-23 00:01 | lymphoma