サポート生活でどたばたな毎日!


by torakog

予想外、予定外、予測外。

サポ生活の必須アイテム、それは携帯電話。
仕事中でも電車の中でも周りの目を気にせずに連絡を取り合える便利アイテム。
朝の通勤電車の中でいきなり電話がブルブルいいだした。母親からの着信だ。
うわっ。嫌な予感が。
「病院から電話あって、今すぐきてって。今タクシー」それだけ留守電にふきこまれてた。



心が騒ぎ出す。ついにキタんだ。
自宅に引き返して、キャリーバッグに数泊分の着替えをつめて、最低限の片付けをする。
電車に乗る。今度は母からメールが届いた。
「永眠しました。後のことはまたメールします。」

なんでいきなり永眠するわけ??これまでの主治医の話では、最後は痛みとか痙攣とかで数日間は意識も無く、苦しむから、深い麻酔を掛けて昏睡状態にして、家族に看取る中で最期を迎えさせる、という話だったはず。何がおきたのか分からない。聞きたくてもここは電車の中。メールしても母から納得のいく返事がくるわけもない。通勤電車の中で携帯電話握り締めて泣きそうなのをこらえる。

数時間後、病院に着いた。弟は偶然空いてた「和室つきの個室、トイレ風呂流し電子レンジ付き差額1.8万/日」という病室(!)に移されてた。彼は顔面神経麻痺だったと思えないほどの静かな顔をしてた。逆に両親はまだ不安定な様子で、判断がつかない感じだ。私に説明するのもまったく要領を得ない。

主治医の説明を聞く。朝急に心臓発作をおこし、あっという間に心停止になり30分以上心臓マッサージなどをしたけど、心拍は戻らなかった。(注:本当はもっと具体的に説明ありましたが、そのあたりは割愛します) なんということだ。以前に聞いてた予想とぜんぜん違うやんかあ~

そして、悪性リンパ腫と心臓発作の関係とはどうなのか。また、悪性リンパ腫は画像診断では中枢神経浸潤の疑いあり、としか診断されなかったが、実際はどうなのか。このままでは家族も後々まで分からない後悔を引きずりそうである。父は希望があるようだが、剖検と臓器提供と献体がごちゃ混ぜになってる始末で何をどうしたいのか良く分からない。母は剖検には基本的には賛成なのだが、弟が生前に「首から下には触らないでほしい」と話していたことにこだわってる。主治医は前日夜まで弟と話ができたので、突然の、それも心臓発作という予想外の最期に驚いてる様子で積極的に発言してこない。おかげで私が両親を説得する羽目になる。それで、剖検(病理解剖)となる。組織検査もあり、詳しい結果報告はまた後日になるそうだ。

数時間後、剖検が終わって、霊安室で弟と再会した。ヒゲもきれいにそってもらって、本当に穏やかな、きれいな顔をしていた。突然の発作で、痛みはあったけど、たぶん長時間苦しまなかったんだろう。それだけは予想外だけど、救いだ。

近所の葬儀屋でひっそりと通夜をする。弟の携帯電話から、前の職場の人に連絡が取れ、顔を見に来てくれたりもする。よかったね。穏やかな顔をみてもらえて。枕元に彼が生前食べたがってた、エビフライやとんかつ、ワイン、果物を並べる。私に頼んで読めなかった漫画も並べる。

さてここで問題発生。彼は身長が高く、余裕で入る棺がないかも。と葬儀社の人に言われる。
最悪、ひざを曲げて入ってもらうしかないかも。といってもすでに死後硬直が進んでて、関節曲がらない状態なんですけど・・と私と葬儀社の人は弟の身長測ったり、足首曲がるか確かめたりする。罰当たりだけど、変な体制で棺に入るのも窮屈だろうし。

翌朝、納棺師(棺に入れる専門職)がやってきた。覗いたら、弟の足をおもいっきりストレッチ体操のように曲げる姿が視界に入ってきた。ショックとおりこして笑いそう。でも無事に棺に収まった。そして、バラやひまわりなどの色とりどりの花を入れてあげた。好きだったものも一緒に。

そんなまだまだ若くて大柄の彼は火葬も時間がかかり、そのうえ骨壷に入りきらなかった。ので、私が自宅で保存できるようにひとかけらの骨をもらって帰った。

今、彼は家でたくさんの花と食べたがっていたものと、やさしいろうそくの光に囲まれてる。写真の中の彼はピースサインをしてて、まるで病気なんかなかったかのように幸せそうだ。

両親は「また病院に行っちゃうかもね~」とぼやきながら、彼の遺影にごはんあげたりして、落ち着こうとしています。

ここまで読んでくださったみなさまへ。 生前からのご支援ご声援ありがとうございました。もともと症例数のすくない病気で、このような経緯をたどるとは、本人も誰も予測不能でした。そのなかでも彼は自分なりに十分最期までがんばったと思います。

そして私も。ここ一年で癌サポートについて、造血幹細胞移植ドナーとして、いろいろ考えることがありました。サポート対象は去ってしまったけど、私自身の体験がこれからのガン患者を支える家族の参考になれば、と思っています。

それにウツサポートが未だ残ってて。この記事に一度も出てこなかった私のダンナは仕事が忙しいこと、そして通夜に来ても役に立つのか分からず、かえって私の足手まといになりかねないので、自宅にいてもらいました。本人も「親がいけって言うんだけどどうしたらいい?」という情けないメールをよこす始末です。嗚呼、私のサポート生活は結局終わらないのかあ(ため息)
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by torakog | 2008-07-06 12:15 | lymphoma