サポート生活でどたばたな毎日!


by torakog

分かちあいって可能?

私は関係なかったけど世間は連休で大騒ぎだったようす。
ダラダラして何もしなかったなあ~
そのせいか今凄く暗くてひがみな気分です。(←無理してでも運動したらよかったのにね)
外は天気がいいのに
その明るさが辛くてたまらない
楽しそうな人を見ると
なぜ自分だけが辛いのかと自分を呪いたくなる

今回ひさびさに毒はいてます。ちゃんと自分を向かい合わなかった報い受けてます。



事の始まりは先日母親が遊びに来たことにある。
母親、弟が他界してから三ヶ月ぐらいは嘆き悲しんで暮らしてた。
彼女の友達があちこち連れ出してくれてたようだった。
その間、私、完全に忘れ去られた状態だった。
大丈夫だと思われたらしい、父親にも「お母さん様子変だから」と言われた。
私だって大丈夫じゃなかったのに。両親はその辺りを理解してくれなかった。
だから一度ハッキリ言ったんだ。そしたら両親逆ギレ。
それっきり。
敢えて触れないようにしてる。弟の納骨も樹木葬の話しもそれっきりとまってる。
とまってるけど消えていない。くすぶり続けている。
私は両親から忘れ去られた事が許せないし、弟の闘病の最期に母に言われた事を許していない。
両親は弟の看病の深刻さに疲れて私を見捨てたんだと思ってる。
(この辺はこのblogの2007年6月あたりに書いてます)

だから、両親とは表面的には付き合うんだけど、私は今にもキレそう。
私の誕生日に何もするつもりが無い、と母に言われた時に梅田のど真ん中で彼女を殴りそうになった。
結局母親は私を見捨てたんだ。弟を救えなかった私を許す気が無いんだ。

殴っても何も解決しない。かえって私自身を傷つける事になるんだ。

そんな母親と過ごして疲れ果てた一日だった。

その上、別の人から「無駄な死」という言葉を読んだ時、気持ちを引き裂かれた。
弟は無駄に死んだんじゃない。最期の時まで頑張ったんだ、だから成功する可能性のほとんど無い移植を受けたんだと信じている。この言葉を発した人は家族が移植で治った人だから、亡くなった人のことを平気で「無駄な死」といえるんだなあと思った。同じ血液疾患の家族でも治癒した人と亡くなった人とでは物事の捉え方が天と地ほどに違うんだなあ。絶対に分かり合えることは無いんだなあと絶望した。

おかげで今日は半日寝て過ごした。本当は抗ウツ剤飲みたかったんだけど、薬飲んで気分明るくなっても自体が変わらないし。

とりあえずの問題は、こんな心境で東京行って初対面の人と話し合いしていいのかということだ。
私の気持ちが荒れてたら、気持ちの分かち合いできないよなあ。
あと一日考えようっと。
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by torakog | 2009-09-24 21:56 | mourning Work